現代病草紙−皮膚科の診療室より−



なぜ皮膚科(開業)を選んだのですか?


 皮膚科にまつわる私の話を、二年間にわたって読んでいただきありがとう

ございました。多少の愛着を感じつつも、今回でこのコーナーを終了させて

いただきます。


 私は1974年に大学を卒業し、同年大学院に入学しました。私の所属した

教室は膠原病を中心にした研究をしており、私も膠原病に付随する

免疫異常をその研究テーマとして与えられました。元来研究が好きな方

だったので、今でもその頃、研究のため毎日夜遅く帰った日々が懐かしく

思い出されます。研究はそれなりに一つ一つが完結して、そして全体像が

構築されていくプロセスが興味深く、今でも研究に対する憧れが私の脳裏に

存在しています。


 しかしながらその一方で、ある時期からひそかに開業を意識しました。

そもそも私が皮膚科に入局した最大の理由は、「にきび」のような

ささやかな疾患でもその愁訴は患者さんにとっては並々ならぬものであると

思われ、そんなささやかな疾患に携わる医師も必要だと思ったからです。

さらに皮膚科は、以前お話しましたように、目で見える(視診)という

特殊性を持っており、逆に患者さんに誤魔化しがきかないという皮膚科学の

持つ直接性も気に入っていました。その原点を実行するためには、開業する

ことが最も適切であると思ったわけです。


 ほぼ予定どおりに四十歳で開業することができました。場所は、幹線道路が

すぐ近くを走り、高速道路の入り口とJRの駅が近い、開業するには最適と

思われる土地が幸運にも購入できました。


 開業した最初の日は忘れられません。はたして患者さんは来てくれる

だろうかという不安と、その当日予想を上回る患者さんが受診してくださった

嬉しい思いが、つい昨日のことのように思い出されます。


 開業するとは独立することです。しかしその独立は決して一人でできるもの

ではありません。多くの先輩、友人、知人、そして患者さんのあたたかい

励ましや援助が必要なことは言うまでもありません。私も開業するにあたって

実に多くの方たちにお世話になりました。本当にありがたく、嬉しいことだと

感じています。


 気がつくと、開業してからもう十数年が経ちました。年齢とともに過ぎ去る

時の速さを実感しますが、私は皮膚科医として開業し、とにかくよかったと

思っています・・・・・。


 開業したとき患者さんであった小学生の女の子が、今や妙齢のご婦人になって

います。そして、長生きしましょうね、といっていたご老人がつい最近亡く

なられました。今取れたばかりの野菜だから食べてください、と置いていって

くださる患者さんもいます。病気が治って感謝する患者さんもいれば、なぜ

治らないのですかと私を叱る患者さんもいます。それこそ私の目のすぐ前に

人生そのものが常に存在しているのです。畢竟、人生は喜びと悲哀の連続です。

私は日々の診療のなかに、多くの方の人生の喜びや悲哀が濃縮されているように

感じています。


 また、開業するとは、医療を通した日常のなかで、本当にささやかですが、

患者さんという多くの素晴らしい人たちと“ふれ合う喜び”を分かち合える

ことだと思っています。明日からも、嬉しい出会いに感謝しながら診療しようと

思っています。


   二年間私の執筆を黙って容認してくださった編集部の皆様には心より感謝して

います。そして私の拙い文章が皆さんに多少でも参考になるようでしたら望外な

幸せです。


 ありがとうございました。