現代病草紙−皮膚科の診療室より−
 
 

「清潔主義」って本当に正しいの?
 

      
 外来での一コマ。


「私の子供は毎日、手洗いとうがいを欠かしたことはありません」


お母さんの言葉は自信に満ちています。

「そうですか。でも、バイ菌などあまり気にすることはないんですよ。

それに洗いすぎというのもよくないんです」


 するとお母さんばかりでなく、多くの患者さんがびっくりした顔をします。

そうした方々は除菌・抗菌グッズにもかなり関心があるようです。そして、一

年中欠かさずお風呂を立てて、なにはともあれ入浴を欠かしません。私には、

お母さんが子供に「早くお風呂にはいりなさい」といっている姿が目に

浮かびます。


  みなさんのなかにも、どうして私がそんなことを言うのか不審に思う方が、

大勢いらっしゃるかもしれませんね。


  私たちの皮膚、そしてまわりにはいろいろなバイ菌がたくさん存在している

ことはよくご存じのことと思います。そうしたバイ菌は常在菌と総称され、

かびや細菌などを指しています。必然的にそれらバイ菌は、鼻や口から

体内に入ってきます。それでも通常は、体内の様々な防御機構が働いて、

体内に入ったバイ菌を退治してくれているのです。


  なぜ退治できるのか一つの具体的なお話をしましょう。人体は生まれた

ときからバイ菌を含めた様々な異物(抗原と呼んでいます)が体内に入ると、

以前にもお話しましたように「非自己」であると認識して、それぞれの

抗原に対応した「抗体」を作ります。


そしてその後侵入した抗原を、それらの抗体が認識・補足し、排除する

システムを働かせて、体を巧妙に守っています。それが「免疫」という

有名な、そして非常に大切な機構なのです。


    免疫ができるためには抗原が必要です。抗原が入らなければ、防御機構を

作ることができないのです。


つまり免疫を維持するためには、適当な量のバイ菌などか体内に入る必要が

あります。必要以上に手洗いやうがいを励行し、まめに除菌グッズを使用する

ことで、実は体の抵抗力をつけるはずの抗体の産生が必然的に少なくなります。

その結果、僅かな、あるいは毒性の弱いバイ菌でも発病してしまうのです。


  最近はちょっとした風邪でも、すぐに家族やクラスに流行ってしまう傾向が

ありませんか。ちなみに、アジアやアフリカの未開発国に行って最初に病気になる

のは日本人であることはすでに周知のことです。


  その背景に、抗生物質という薬物を日本ではたくさん使用しているという事実も

考えなくてはなりません。抗生物質は、細菌を殺してその増殖を抑える作用が

ありますが、不必要に長く、たくさん使用することで各種抗生物質が効かない

「耐性菌」が生じてきました。MRSAという言葉を知っている方もいらっ

しゃるでしょう。MRSAは、ごく日常に存在し、抗生物質がきわめて

有効であった「ブドウ球菌」の耐性菌なのです。


  昨今、人間の体は、適当なバイ菌などが入って適切な免疫力を獲得する

ことがとても大切であると再認識されてきています。極端に清潔にこだわることや、

抗生物質などでバイ菌を強制的に殺すことは、病院など特殊な場所だけでよいのでは

ないでしょうか。


  今誰もが疑わない「清潔主義」や「潔癖主義」は、実は今までお話したように

大きな問題をはらんでいるのです。昔のように何事もほどほどがよいのかもしれません。

その「昔」とは、すべての家庭にお風呂がある少し前、あるいはテレビが普及する前の

時期のように私には思えてなりません。