2001年8月6日の朝日新聞の記事です。
日本皮膚科学会理事長 原田昭太郎先生の
アトピー性皮膚炎に関する適切な情報ですので、
私のホームページにも掲載します。参考にして下さい。



― もう悩まないアトピー性皮膚炎 ―

特徴は「強いかゆみ」と「治りにくい湿疹」

  アトピー性皮膚炎の大きな特徴は、「強いかゆみ」と「治りにくい湿疹」です。かゆみは相当に

つらく、かきむしって皮膚に傷ができたり出血したりもします。皮膚をかくと、炎症がますます

ひどくなり、さらにかゆみが強くなる・・・、という悪循環を繰り返します。

  慢性化すると、皮膚のきめが粗く硬くなる、「苔癬化(たいせんか)」が起こります。これも

アトピー性皮膚炎には特徴的な症状です。

  この病気はまた子どもに大変多いのですが、年齢によって少しずつ症状に違いがあります。

  「乳児期」では顔を中心に赤くガサガサした湿疹ができたり、首や肘(ひじ)にもあらわれます。

  「幼児期」は手足に赤くもりあがった湿疹がたくさんでてくることが多く、カサカサしてきます。

  「学童期・思春期」では肘やひざ、首などの関節に慢性化した湿疹が目立ってきます。しかし、

成長するにしたがって、だんだんに皮膚も強くなるため、症状が次第によくなっていきます。

  ですから、子どもがアトピー性皮膚炎と診断されても、「そのうちよくなるのだ」くらいの

おおらかな気持ちでいてよいのです。



アトピー性皮膚炎の原因は?

  「アトピー性皮膚炎は怖い病気」というイメージがあるのは、この病気の原因がはっきりして

いないこともあるでしょう。

  実際、アトピーはギリシャ語で「奇妙な」とか「とらえどころがない」という意味です。しかし、

その全貌は少しずつですが、解明されつつあります。

  原因の一つとされるのは、「アレルギー」です。ハウスダストやダニなどアレルゲンに過敏に

反応する体質の人が、アトピー性皮膚炎を発症しやすいのではないか、というものです。確かに

この病気の人では、アレルギー体質の人が多く、アレルギー疾患の気管支ぜん息や鼻炎・

結膜炎を発症する率が高いことも事実です。

  もう一つは、「生まれつきの皮膚の弱さ」です。

  皮膚は上から表皮、真皮、皮下組織というつくりになっています。表皮の一番上の最上層には

肌を守るのに重要な役割をする「角質層」という組織があります。

  角質層の中は平らな細胞が層になって重なっています。この細胞同士のすき間に、セラミド

(細胞間脂質)という脂が埋まって、細胞と細胞をしっかりくっつけ、肌を保護しています。これが

皮膚の、「バリア機能」と呼ばれるものです。

  ところが、アトピー性皮膚炎の患者さんでは、生まれつき、このセラミドが十分でないのです。

このため、細胞と細胞の間にすき間ができ、皮膚がガサガサになって穴が空いたような状態に

なります。

  その結果、水分が逃げやすくなって皮膚は乾燥し、外からは異物が入りやすくなり、たとえば、

ダニやハウスダストなどが入り込んで、湿疹が悪化しやすくなるという考え方です。つまり、

遺伝的要素が大きく関係しているというわけです。現在では前者の「アレルギー」よりも、

こちらの考え方のほうが主流になっています。

  「生まれつき弱い皮膚だなんて、自分はなんて不幸なのだろう」と思われる患者さんも

多いでしょう。しかし、のどが弱い人もいれば、胃が弱い人もいるように、完ぺきな体の

持ち主などいないのです。悲観的にならずに、むしろ、自分の弱点を理解して、病気とうまく

つきあってください。



患者さんが増加、重症化しているのはなぜ?

  アトピー性皮膚炎の患者さんが増加している、という報告があります。また、重症の患者さんも

目立っているように思われます。一度よくなった症状が、成人になって悪化したり、大人になって

発症するケースも多いようです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

  前項では、アトピー性皮膚炎の原因として、「生まれつきの皮膚の弱さ」、つまり遺伝的な体

質が大きく関与していることを説明しました。しかし、同じ様な体質の人が短期間で増えることは

考えられません。

  研究者の間では、「ストレスの増加」や「ダニが発生しやすい住宅環境」、「食生活の変化」が

かかわっているのではないかといわれています。特に「ストレス」は注目されています。なぜなら、

子どもがいじめに遭ったり、受験のストレス。大人では会社に入った直後や、転勤などが

きっかけで症状が出る人が多いからです。

  ストレスとかゆみの因果関係はまだ医学的に証明されてはいませんが、脳がストレスをうまく

処理できないと、皮膚から脳に伝わる経路に乱れが起こり、かゆくなるのではないかと考えられて

います。

  また、シャンプーやせっけんの使い過ぎなども指摘されています。先進国の社会生活では、

アトピー性皮膚炎を悪化させる因子がたくさんあることは間違いなく、今後の研究課題です。

  一方で、この病気に対する正しい情報が伝わっていないことも引き金になっていると思われ

ます。怖いからといって薬をやめたとたん、症状がひどくなることはよくあるのです。患者さんに
  
納得のいく説明のできる医師の養成も課題です。


どんな医師に診てもらえばよいか

  思い当たる症状があったとき、いったい患者さんはどんな医師に診てもらえばよいので

しょうか。

  アトピー性皮膚炎の大きな原因は、遺伝的な体質で、この体質を根本から変えることは

できませんが、皮膚を清潔に保ち、悪化したときには炎症を抑えてあげるように心がけていれば、

常に肌をいい状態にコントロールすることができます。そのための治療は特別なものではなく、

広く使われている外用薬や内服薬で十分にできます。

  しかし、医師に薬だけ処方してもらえばいいのかといえばそうではありません。肌の状態は

気候や体調、ストレスなど、さまざまなきっかけでよくなったり、悪くなったりします。

こうした変化を常に診察してもらい、その都度、体に一番合う薬に変えていくことが大切です。

また、いったい何がきっかけで症状が悪化したのかを探り出し、たとえば、

「ストレスの減らし方」をアドバイスしてもらうことも重要です。

  つまり、理想的な医師の条件はアトピー性皮膚炎に精通している専門医で、かつ、

患者さんとコミュニケーションがとれる、ということになるでしょう。

  なお、この病気は長い期間、通院する必要がありますから、施設の場所や診療時間は

患者さんや家族の生活にあうところを選ぶことをおすすめします。


薬の正しい使い方

  アトピー性皮膚炎は、自覚症状と皮膚の症状が特徴的なので、アトピー性皮膚炎に

精通している医師が診ればすぐに診断がつき、治療が開始されることになります。

  アトピー性皮膚炎では、かゆくてかきむしることで、もともと弱かった皮膚のバリア

機能がさらに壊れ、そこから汚れなどが侵入して、湿疹が悪化します。そこで、このかゆみを

   取り去ることが治療のポイントになります。

  治療薬には塗り薬と飲み薬があります。塗り薬の中心となるのは、おなじみのステ

ロイド外用薬です。強力に炎症やかゆみを抑える作用があり、アトピー性皮膚炎に限らず、

さまざまな皮膚病の治療薬として使われています。

  ステロイド外用薬は作用の強さから、ウイーク(弱い)、マイルド(穏やか)、

ストロング(強い)、ベリーストロング(非常に強い)、ストロンゲスト(最強)の

5段階があり、塗る場所や湿疹の程度、などによって使い分けるようになっています。

  副作用を心配して、医師が処方しても使わない患者さんがいますが、これは誤解です。

確かにこの薬には副作用がありますが、外用薬では内服薬で起こるような全身性の深刻な

副作用は見られません。アメリカやイギリスでは、すべてのアトピー性皮膚炎にステロイド

薬を使うように指導されています。



注目されている飲み薬

  内服薬には抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬があります。一昔前は、その作用機序が

はっきりしなかったために、あまり処方されていなかったのですが、近年、治療効果が

あることが広く確認され、外用薬と並んで積極的に使われるようになりました。

  いったいどんな薬なのでしょうか。「かゆみ」は、肥満細胞というアレルギー反応と

深い関係を持つ細胞から出てくる「ヒスタミン」という物質が、かゆみを伝える神経の

受容体とくっついて起こると考えられています。

  「抗ヒスタミン薬」はこの受容体にヒスタミンが結びつくのをブロックして、

かゆみを抑えます。

 「抗アレルギー薬」には「抗ヒスタミン薬」と同じく抗ヒスタミン作用があるものと、

ないものがあります。

  さらに「抗アレルギー薬」は、アレルギー反応に関係する化学物質が体内で作られ

るのを抑えるなど、プラスアルファの作用を持っています。

  アトピー性皮膚炎の治療ではタイプの異なる「抗ヒスタミン薬」と

「抗アレルギー薬」を組み合わせて使用する場合があります。

  飲み薬にはいろいろな種類があり、眠気やだるさが出る場合は投与方法や用量を

変えたり、副作用の少ない薬に代えてもらうと解決できますから、医師に相談すると

いいでしょう。

  なお、塗り薬や飲み薬と並んでとても大切なのが「スキンケア」です。肌の汚れは

湿疹を悪化させる原因の一つですから、目に見えた汚れだけではなく、汗やいわゆる

アカもきれいに落とすことが必要です。また、入浴後や洗った後は、クリームや

ローションなどの保湿剤で皮膚をしっとりさせて肌を守ってください。



薬は勝手に中断しないこと

  医師から処方された薬を、自己判断で勝手にやめてしまう患者さんがいます。

しかし、これは大変危険です。

  やめてしまったことにより、急激に症状が悪化することがあります。実際、重症

の患者さんの中には、「ステロイドが怖い」という思いこみから、薬をやめてしまった

ケースが多いのです。

 このようなことにならないためにも、指示された部位や回数などの使用法をきちんと

守るようにしてください。

  また、薬だけを取りに来るのではなく、定期的に通院して、患部を医師に見せる

ことが大切です。アトピー性皮膚炎は、かぶれなどと違って、ときには悪くなったり、

よくなったりを繰り返す慢性の病気です。

  医師は皮膚の状態を把握することで、患者さんに適切な薬をその都度、処方する

ことができます。また、患者さんも治療を続けているからこそ、皮膚をコントロールできる

のです。水泳も土いじりも、なんでも普通の人と同じようにすることができるし、少々、

   悪化してもすぐに元に戻せるわけです。

  忙しいときの通院は、確かに面倒ですが病気と気長につきあう気持ちで、日常生活の

中にうまく組み込んでください。

  なお、薬の副作用が心配だったり、「どうもこの薬が合わないな」と疑問に思う

ときは、遠慮なく、医師に質問しましょう。



民間療法は慎重に

  この病気では民間療法など特殊な治療にはしってしまう人が大勢います。気持ちは

分かりますが、民間療法にはさまざまな問題点があることを知っておくべきでしょう。

  まず「体質を改善してアトピー性皮膚炎を治します」といった宣伝文句を見かけますが、

アトピー性皮膚炎の遺伝的な体質は変えることができません。

  次に薬と違って、その療法が「本当に効いた」という証拠がありません。一部には皮膚が

きれいになった人もいますが、人間には「プラシーボ効果」といって、たとえば砂糖の固まりを

「薬だ」といって飲ませると30%の人になんらかの改善効果が見られます。もちろん、これは

一時的なものです。

 民間療法で一時的でもよくなればまだいいのですが、民間療法でアトピー性皮膚炎の症状が

悪化したというケースも後を絶ちません。その理由は、ステロイドを中止したことや、

バリア機能が低下している敏感な皮膚に新しい治療法による、新たな刺激が加わったことが

引き金と考えられます。

  また、お金もうけをねらった民間療法、いわゆる「アトピービジネス」では、悪質なものが

たくさんあります。あくまでも民間療法は補助的なものと考えて、情報にまどわされず、治療の

基本を忘れずに。試してみたいときは必ず医師に相談しましょう。



日常生活の注意点

  アトピー性皮膚炎では、日常生活の過ごし方にもいくつかのポイントがあります。

【皮膚を清潔に保とう】

  バリア機能の壊れている皮膚は、常に清潔に保ち、しっとりさせることが必要。夏場は特に

汗をかきやすいので、外出先から帰ったらシャワーを忘れずに。入浴の際は体はもちろん、

髪の毛もしっかり洗います。乾燥しがちな皮膚には、保湿剤を塗ることも忘れないようにして

ください。

【部屋を清潔にし、衣類にも工夫を】

  ダニやホコリ、カビなどで症状が悪化する人は、こまめに掃除をしたり、布団を干すように

心がけを。なお、衣類も肌の刺激になる場合は、着心地のよいものを選ぶなど、自分に合う

皮膚環境をつくることが大切です。

【食事やお酒にも注意を】

  肌は食事や睡眠にも左右されますから、バランスのよい食事と規則正しい生活は基本です。

くれぐれも子どもの発育、成長に影響するような偏った食事は控えましょう。なお、

お酒はかゆみを誘発しますので、やめるか少量をとってください。

【ストレスにも注意を】

  ストレスがあると症状が悪化しやすいので注意を。患者さんが子どもの場合、

親がアトピー性皮膚炎に対して神経質になりすぎることで、かえって悪影響と

なるケースがあります。病気にこだわりすぎず、元気でのびのびとした子に育てることが、

軽快への一番の近道です。