一期一会

   当時と変わらぬ厳しくもあたたかいお言葉が、懐かしい文字が、何度も何度も読み返しているうちに

 人生において“一期一会”の出会いほど長く残るものはない。ましてそれが、新たな“一期一会”と

して甦ったとしたら・・・・・・、感動以外のなにものでもない。

 原紀道先生を鎌倉のご自宅にお訪ねし、心にしみ入るようなひと時を過ごしたのは平成十三年の師走

だった。その半年後、先生が鬼籍に入られたことを知って愕然としたことを私は昨日のことのように覚

えている。(原先生との“一期一会”は平成十四年十月号に掲載された)

 昨年十一月、奈良で「日独皮膚科学会」があり、私は初めて参加した。その夜、奈良公園内で懇親会

が開かれたのだが、その席で原先生の奥様に、偶然にもお目にかかれたのだった。先生との語らいは打

ち解けた楽しいものであったこと、ずっとお付き合いしたい大先輩であったことなどお話すると、奥様

は涙ながらに頷いてくださった。



 そしてこの春。

 四月十三日(日)、神奈川県皮膚科医会主催による「春の鎌倉を楽しむ会」に誘われて鎌倉に出かけ

た。実はこの催し、“原先生を偲ぶ会”であると聞いて、一も二もなく参加希望を出したのだった。

 早くも初夏を感じさせる日和だった。鎌倉に興味を持ちながら、これまであまり縁のなかった私は、

鎌倉からは江ノ電に乗換え、長谷で下車。会場の「高徳院」に向かった。後で知ったのだが、鎌倉駅か

ら歩いてもそうたいした距離ではなかった。歩けば新緑を堪能できたのにと、少しばかり残念だった。

 催しの前半は、「行く春、午後のひと時をオペラとオペレッタの調べを楽しみませんか?」と題した

講演と演奏。亡き原先生は、オペラをこよなく愛されたのだという。

 Y氏らによるオペラ、オペレッタの解説と実演の締めくくりに、レハ−ル作の「メリ−・ウィドウ」

がハイライトで披露された。私は昨年末、家内や娘と過ごしたベルリンの、国立オペラ劇場でこの曲を

熱く堪能した。先にこの解説を聞いていたならば、もっと楽しめたに違いない。

 講演と演奏の後は、高徳院書院と庭園の其処彼処で、楽しい語らいの輪ができた。春のぬくもりのな

か、原先生のお人柄が偲ばれるのどかなあたたかい光景であった。

 参加者は多かった!

 故人のためにこうした会が催されることも珍しいと思うが、これだけ参加者が多いことも滅多にない

のではないか。先生がどれだけ慕われていたか、愛されていたか、その死を惜しまれたか、感じ入るも

のの大きさに、私はしばし言葉を失った。

 終了後、いくつかの誘いがあったが、先に約束していた、原先生の奥様主催の夕食会にお邪魔した。

大先輩ばかりの席で、私など出る幕ではないのだが、歓談が進むにつれ、私のごく身近に関係者がたく

さんいることを知って驚いた。世の中は実に狭い。まるで長年の知己のように、楽しい語らいは帰りの

電車の中でも続いた。もちろん、この語らいのおおもとに、原先生の広く、厚い人脈があったことは言

うまでもない。

 ああ、原紀道先生。

 先生ともうお話できないという事実に、私は再び哀惜の念をおさえきれない。しかし、先生を囲む先

輩、友人、後輩のすばらしい縁は、これからも長く続くに違いない。


           (群馬県高崎市)
(医科芸術、7月号、2003年)