【アフリカへ行きました】 
 
20) ロッジのステージ・ショウ
 
ムパタ・サファリ・クラブ到着最初の夜、宿泊客がデザートを食べ始めた頃、ウエーターの人達がダイニングルームの所々にあるスポットライトを点灯して歩いているのに気が付きました。一体何が始まるのかと興味津々でした。
よく見ると、ライトはすべてダイニングルームの壁際にあるステージに向けられています。特にインフォメーションは無かったのですが、もしかするとショウかも知れないと期待が高まりました。
 
間もなく、ドラムの音と共に雄叫びのような声が遠くの方から聞こえてきました。
声が近づいて来たと思うと、ステージ上手から、色とりどりの民族衣装を着た現地のお兄さんが10人ほど一列になって歌をうたいながら、スキップで跳ねるようにしての登場です。先頭の人は太鼓を打ち鳴らしながらステップを踏んでいます。
期待通りのショウが始まります、私たちはみな食事の手を休めて拍手しました。
布を膝丈のラップスカート風に腰に纏い、上半身は腰布と同じ柄かあるいは異なった模様の布をそれぞれ肩から斜めに巻き付けたり、ケープのように羽織ってでてきました。
この衣装はガイドブックとかテレビ映像で見覚えのある着こなしです、おそらくマサイの民族衣装なのでしょう、とてもシンプルなスタイルの衣装でした、2枚の布さえあれば誰でもどこでも着こなせそうでした。
ステージ上で半円形に並んでショウが始まりました。
ドラムでリズムを取りながらステージ上を半分踊るように歌いながらぐるぐる円を描いたり、歌の掛け合いやらソロと合唱を交互に披露してくれました。
ダンスと言うには余りにも簡単なもので、特別のステップが有るようには見えません。
太鼓でリズムを取っている歌のメロデイもとても単純でした。歌詞でも理解できればまた趣も異なったかも知れませんが現地の言葉(スワヒリ語?、マサイ語?)は全然分かりません。従って愛の歌なのか、戦いあるいは狩猟の歌でしょうか、想像すると言っても歌い手達は皆真面目な顔つきで歌っているのでとても無理。ダイニングルームのマネージャーが英語でタイトルくらい紹介してくれれば良かったのに・・・ちょっと残念でした。
 
2日目の夜はあの有名なマサイの「ジャンプダンス」でした。
マサイ・マラの動物たちやサバンナの生活を伝えるテレビ番組では必ず出てくる、直立不動の姿勢で上へ真っ直ぐに跳びはねるあのダンスです。
10人ほどが舞台に半円形に並び、皆で歌いながら一人ずつ中央に出てきて5,6回ずつ上へ跳びはねては次の人に交代します。
とても高く跳ぶ人もあれば、あの程度なら私だって負けない・・・と思うくらいしか跳ばない人などいろいろです。競争しているわけでもなく、淡々と跳んでは半円の元の自分の位置へ戻ります。
本来なら大地を踏みしめて跳ぶところなのに、木の床の舞台では跳びはねにくいのかも知れません。
このダンスの場合、衣装は全員が赤色を基本色にしたいつものツーピースで、縞模様、格子柄、無地など、マサイ族の象徴と言われる各自の好みでしょうか、一口に赤と言ってもさまざまでした。
このジャンプダンスに出演した人達はほとんど皆細身で背が高く、これがマサイ族男性の身体的特徴なのかと思いました。
彼らが赤をシンボルカラーとして選んでいるのは、赤は動物が嫌う色だからという説もあれば、勇壮果敢な闘争精神を表現しているとか言われていますし、キリンを表現しているとする研究者もあるようです。
それならやはり、より高く跳ぶのが本来の姿だろうと思います。正確にはどの説が正しいのでしょうか、分かりません。
 
 
     マサイ族のジャンプダンス。バックは常に舞台のバックに掛けられているタペストリーです。
     ジャンプしている人はぶれてしまったのでこの写真は失敗です。右から2番目と3番目の
     人の間です。
 
4日目、フロントで『今夜はシリリの演奏があるよ』と言われました。
シリリとはアフリカの民族楽器の1種で一弦ヴァイオリンのことなのです。わたしも今回のアフリカ旅行を計画している時に始めてその名前を知り興味がありました。
この日のシリリの演奏は団体ではなくて独奏で、演奏者はシリリを奏でながらの格好良い登場でした。
弦が1本だからでしょうか曲の音域は比較的狭くて、全体としてはスローバラードといった感じのものが多いでした。
途中で歌も入りました、弾き語りです。ジャンプダンスは「勇猛果敢」な感じの男性的なものであったのに対して、こちらは「自然の美しさ」あるいは「恋人に語りかける」といった歌のように感じられました。
このヴァイオリンは共鳴箱の部分は小型の円筒形で、普通のヴァイオリンと違って抱きかかえるように構え、弓は棒状の薄い板のように見えていました。
さらに、演奏者の膝のしたには鈴が結びつけられていました。ヴァイオリンを演奏しながら途中で、つま先を固定して踵を床に打ち付けて鈴を鳴らします。鈴の音色が加わると、少し賑やかになり曲に華やかさが加わりました。
 
舞台を見ている内にこのシリリの演奏者、どこかで見たことのある顔だと思いました。
頭には派手な羽根飾りを載せ、カラフルな腰簑風の衣装を身に纏っているのですっかり誤魔化されてしまいました。
あの丸顔の団子っ鼻・・・・・解りました、解りました。朝夕、私たち4人に向かって満面の笑みを浮かべて『ジャンボ、ジャンボ、ジャンボ、ジャンボ』と必ず4回繰り返して手を振る、あの門番さんでした。
彼は、昼は門番、夜はミュージシャン、二つの顔を持つ男だったのです。どちらが借りの姿でどちらが本職なのでしょうか。
翌朝ゲームドライブに出かける時、門の脇で例のごとく「ジャンボ!」の挨拶を交わした後で「夕べあなたのシリリの演奏を見たわよ」と言うと
「毎年ナイロビで開催される民族音楽コンクールに出ているのだけれど、まだ一度も入賞したことがないんだよ」とはにかむように笑って言っていました。
   この夜は寒かったのでシリリ演奏者は民族衣装の下にこっそり
   Tシャツを着ています。白地に赤い模様が見え隠れしていました
   手前にニョキニョキ見える黒い棒はダイニングの椅子の背もたれです。
 
この章を書きながら写真を並べてみている内に、もしかするとシリリはマサイ族の楽器ではなくて他の種族の楽器なのかも知れないという思いがつのってきました。
なんと言っても注目点は衣装でした。マサイ族の衣装が2枚の布の組み合わせでだけで何の飾り物もありません。それに着こなしも下は巻きスカート型一点張り、上へ着るものはマントのように羽織るか一方の肩を出して胸に巻き付ける位のバリエーションしかありません。
それに対してシリリ演奏家の衣装は露出度が高いですし、スカート部分は布と言うよりむしろ腰簑のようなものを巻き付け、鳥の羽で頭には飾り物を載せ、腕・脚なども派手に飾りたて、共通点は一つもありません。
しかし結局、確認するチャンスが無いまま帰国してしまいました。
 
アフリカの民族楽器のことを書いた本などあるはずもなく、シリリに関する手がかりが見つかりません。
インターネットの検索で知り得た範囲では、「シリリ」はやはりマサイ族の楽器ではなく、ケニア西部地方に暮らすルイヤ族の楽器らしいのです。
ケニアには大小52の部族がありルイヤ族は2番目に大きな部族で、概して人懐っこい性格の人が多いと書いてありました。
そういえば朝夕4回の「ジャンボ」を叫んでくれる彼は確かに人懐っこくてマサイではなくてルイヤ族の人かも知れないと思いました。体型もずんぐりしていてスリムなジャンプダンスの人々とはちょっと違うように思われました。
反対に、マサイ族はケニアでは最小人数の部族の一つで、牛の放牧など伝統的な暮らしを続けている人が多いそうです。