【アフリカへ行きました】
 
ロッジで主催しているアクテイビテイの一つである「ネイチャーウオーク」に参加することにしました。
これは朝夕のゲームドライブの間の時間、昼間に開催されます。
ロッジ専属のナチュラリストがロッジ敷地内を案内しながら、マサイ伝統の薬草の説明や使用方法、アフリカ特有の植物などを約1時間かけて説明してくれるもので、時間もちょうど手頃です。
しかも、ここのナチュラリストは日本語で説明をしてくださると聞いたことが参加理由の一つでもありました。
 
早朝のゲームドライブから戻って朝食を済ませ、一休みしてからの時間でした。
集合場所であるロッジの正面入り口へ行ってみると、その日の参加者は我々家族だけのこじんまりしたグループでした。
そこで待ち受けていたナチュラリストは、いつもゲスト・リレーション・オフィスで物静かに宿泊客の相談に応じている、背の高いハンサムなお兄さんでした。
彼は自然木で作った杖を何本か用意して待っていてくれてました。
『坂道があるから希望者は使って下さい』と言われたので、足に自信のない私だけが拝借することにしました。
硬い材質の種類のアカシヤで作ったそうです。
自然の枝振りを活かした手作りで、一本ずつそれぞれ形、長さが違います。
表面をすべすべに磨き上げてあり、優しくて使いやすい杖でした。機械で大量生産されたものとは異なり、握っているのを忘れそうな位手に納まりのよいものでした。
 
オロロロ峠の何もないところに作られたロッジです、建物は勿論、庭もすべてゼロから作りあげたものでしょう。
ネーチャーウオークは先ず敷地内の各コテッジと管理棟を結ぶ敷石造りの通路を巡る事から始まりました。
幅2メートルほどの石畳の周囲は雑草一本生えていないくらいよく手入れされた地面で、そこには国内のあちこちから集めてきたという沢山の植物が植えられていました。
従って庭園のこの部分に植えられた植物のすべてがここマサイ・マラ原産のものとは限らずアフリカのあちこちから集めたそうです。
一種の植物園あるいは見本市のような感じで、私が住んでいる前橋ではあまり見かけないものが沢山根を下ろしていました。
とても異国情緒豊かな光景でした。
乾期を乗り越えるためなのでしょうか、どちらかというと肉厚の葉の草が多いように思いました。
色彩も風景もどちらかというとモノトーンなサバンナとは違って、石畳の白、色とりどりの花々、木々の緑、プールの水面に映る青空はとてもカラフルで、サバンナとは別の次元へワープしたような気持ちになりました。
 
ナチュラリストを先頭にして歩きます。彼は、2種類の植物が肩を並べて植えてあるところで立ち止まって言いました。
   『この赤い花をつけた棘のある植物は「クライストフラワー」と呼ばれています。
       なぜなら、キリストが十字架につけられた時に被せられた「イバラの冠」に使った植物だと言われているからです』
親指の太さくらいの棘の沢山付いた長い茎の先に緋色の花が咲いています。確かに太さと言い長さと言い頭に巻き付けるには手頃な形のようでした。
あのとげとげのイバラを額に食い込ませ、重い十字架を背負ってゴルゴダの丘を足を引きずりながら歩み進むキリストの姿を想像すると胸の詰まる思いがしました。
「クライストフラワー」は俗名であって多分他に正式名があるのだと思いますが、ナチュラリストはそこまでは教えてくれませんでした。
このほかにも「イバラの冠」の材料となった植物についてはいろいろの説があるようです。
エルサレムのどこにでも自生しているというバラ科のトゲワレモコウ(シラー)、同じくバラ科のサンザシ、キリストイバラという俗名を持つクロウメモドキ科のトゲハマナツメなどが有名らしいです。いくらでも推測は出来ますが果たしてどれが正しいのかよく解りません。
クライストフラワーの後ろにあるツンツンしたものは多分「サイザル」というアフリカ原産の植物です。
これは繊維が丈夫なのでバッグやロープに加工するらしいです。その後ろの方の木はアカシアの一種ですが、これも棘だらけです。
   クライスト・フラワーとサイザル、後ろの木がアカシヤ
 
アカシヤには、とても硬くて棍棒に加工するもの、棘が鋭くて引っかかれると猛烈痛いものなどいろいろ種類があるらしいです。
今まで近くでアカシヤをじっくり観察したことがなかったのですが、棘が沢山生えていて痛そうで、キリンが平気で食べていることが嘘のようです。
コテッジ間を結ぶ敷石の通路を歩きながら進みました。
建物周辺の、植物の配置がいかにも人工的に見える区域が終わると、サバンナの延長線上にあるような雑木林のような所へと続きます。
 
手のひら大のみずみずしい葉っぱをつけた木がありました。
   『これはトイレットペーパーツリーと呼んでいます。意味はその名のとおりで、紙がないときには代わりに使えるくらい柔らかい葉っぱです。        
   脇の下へ挟むと汗とりにもなります』
   『マサイ族の人が結婚の誓いを立てる時、男女がこの木の下に並びます』
   『この草は、昔からお腹をこわした時に食べています』
   『この葉っぱをもんでキズにのせると血が直ぐに止まります』
   『この木は・・・』
 
さらに奥には、フェンスで囲まれたテニスコート2つ分くらいの広さの菜園があり、男の人が4人で作業をしているところでした。
ロッジのダイニングルームで使う野菜類は、ほとんどをこの菜園で栽培してまかなっているとのことでした。
ちょうどサヤインゲンの収穫中で、他にトウモロコシ、カボチャ、トマトなどなどがきれいに畝を作って植えられていました。
   もしゃもしゃで解りにくいと思いますがレッド・オーツ・グラスです。
 
菜園の周囲はもうすっかりロッジの庭園の面影は無くなり、まるでサバンナのような区域になりました。
石ころの混じったでこぼこの山道です。
そしてこの辺りには、こちらへ来てからすっかりおなじみになった金茶色の草が主役となり、丈の低い灌木が入り交じって生えていました。
初めてキチュワ・テンボ空港(?)に降り立った時からいつも朝夕に見ていた金茶色の波打つ丈の高い、あの草です。
人の手が加えられた庭園に較べるとなんと野性的な眺でしょう。
朝夕のゲームドライブで眺め、コテッジの窓の下に広がって見えているサバンナの主役である枯れ草、私はこの草の正式の名前がぜひとも知りたいと思っていたのです。
サバンナ一面に生えているあの草をガイドブックなどでは「サバンナグラス」と呼んでいることは知っていました。
でも、「サバンナグラス」では、いかにも観光客向けのありふれた呼び方のような気がしてなりませんでした。
「サバンナグラス」は単なる俗称で、きっと正式な名前があるはずだとずっと思っていました。
 
彼が言いました、
   『この草がマサイのシンボルとされる「レッド・オーツ・グラス」です。』
 
ああ、《レッド・オーツ・グラス》!
 
これです、これです、この時を待っていたのです。
知りたかった名前はこれに違いありません。
そう聞くと、いかにも正式の名前のような気がしてきます(まだ植物図鑑で確認はしていません)。
赤はジャンプダンスをしてくれた時に見たマサイ族の民族衣装の色でした。
そして、マサイ・マラ紹介の写真では、決まってマサイ族の人々が赤い衣装を身に纏って笑顔を見せています。
やはりあの草の名前は、「赤」、「レッド」という言葉が付かなくてはしっくりきません。
《レッド・オーツ・グラス》という名前を教えて貰えた時点で、ネーチャーウオーク参加の目的が充分に果たせたと思い、心底満足しました。