【アフリカへ行きました】
 
32)ライオンのオシッコ
 
マサイ・マラがライオンの宝庫だからなのか、たまたま幸運だったのか、ガイドのマコーリさんの勘が鋭いためか、よく分かりませんが第一日目からほとんど毎日ゲームサファリに出かける度にライオンに出会っていました。
延べ何頭に出会ったのか、最初から数えておけば良かったと今頃になって残念な思いをしています。
 
ハンテグをするのはおおむね夜なので、勇壮な狩りの姿を見ることはできず、少し残念でした。
それでも、食事中のライオン、母ライオンに甘える子供たち、食べ残しのシマウマを何とか隠そうと躍起になっているオスライオンなど、さまざまな表情を垣間見ることができてとても楽しいでした。
なかでも母ライオンはいかにも母親らしく、落ち着きと貫禄を示していたのが印象的でした。
 
おとなのライオンはみな人間を無視し、「どこ吹く風」という態度で私たちを眺めているようでした。
でも子供達はそうではありません。サファリカーに向かって、可愛いキバを剥き出し威嚇の格好をして向かって来るのです。
まさに、生まれながら動物の王者として君臨するべく、その資質を磨いていることを見せつけているようでした。
一方、その様子を見ていた母ライオンは、自分の膝元に戻ってきた子供に、『おまえ、あんなサファリカーに乗っている「ヒト」なんて放っておけばいいのよ。そのうちに飽きてどこかへ行ってしまうんだから』と言わんばかりに、前脚をあげて子供ライオンの頭にちょっと触る仕草を見せていました。
 
子供ライオンも成長の過程で、「サファリカーに乗っているヒトは敵ではない、餌ではない」と言うことを学習するのでしょうか。
一歩退いて考えてみると、彼らが「ヒト」について学習することが果たして良いことなのか、良くないことなのか少し複雑な気持ちになりました。
やはり、学習させてしまうことは、何か自然を損ねているような気もするのです。
しかし、サバンナの動物たちの安全を見守り、保護区を運営・維持していくためには、観光客からのパークフィーを収入源とする必要もあるのですから仕方ないことなのでしょうか。
 
さて、何頭目のライオンを見詰めているときだったでしょうか、昔、母が話してくれたことを突然思い出したのです。
   『あなたが小さい頃、上野の動物園で、いきなりライオンにオシッコを掛けられてしまったのよ。
慌てたわ。急いで拭いてあげたけど、別に匂いなんか残らなかったの。』
   『えーっ、そうなの? そんなこと覚えていないわよ』
   『覚えていないと思うわ、あなたが3,4歳の時の事ですもの』
その話を聞いた時 「気持ち悪い」、「汚い」というより、何か「凄い」と思ったように記憶しています。
ライオンにオシッコを引っ掛けられれた人なんて、普通は滅多にありません、とても珍しい経験だと思ったからでしょう。
 
その「オシッコ事件」はまだ話の続きがありました。
   『それというのがねえ、エチオピアのハイレ・セラシエ皇帝から日本に贈られてきたばかりのライオンだったのよ。
   檻の前に、その説明の看板がかかっていたから特別にゆっくり見ていたのだと思うわ。
   エチオピア皇帝から贈られた由緒あるライオンのオシッコだから縁起が良いかもしれないと私は思ったわ』
と言う母の話だったのです。
 
何十年も前に、私は由緒正しいライオンのオシッコで洗礼を受けたのでした。
戦争が始まる前、日本もまだ平和で静かだった頃のことです。
母からその話を聞いたことすら何十年間も忘れていました。
サバンナでライオンがオシッコをするところを目撃したわけでもないのですが・・・・。
この歳になって、マサイ・マラでライオンを眺めているうちに、急にその話を思い出したのです。
何故思い出したのでしょうか。
 
エチオピアと言えばケニアの北側に位置する国で、当然地続きです。
ライオンは勿論テリトリーをもって暮らしていますが、ヒトのように国境を意に介しません。
エチオピアとケニアの国境にまたがって暮らしているライオンだっているかも知れません。
今、私が見詰めているこのライオンも、エチオピア皇帝から贈られたライオンの兄弟の末裔である可能性も考えられます。
 
オシッコを引っ掛けられた話を思い出したら、急にライオンが身近で懐かしい生き物に感じられてきました。

 

     写真の下に見えるぼやけたグレイの色は私の乗っているサファリカーの一部です。
     ライオンをこんな間近に見られて大満足でした。
     メスですが家族はどこにいるのかしら。
 
      子供4頭のうち、2頭はまだ食事中です。
      食事をしていない他のライオンは皆同じ方向に視線を向けています。
      あちらに何か気になるものがあるのでしょうか。
      枯れ草で見えにくいですが、メス2頭、オス1頭が見えます。
 
最近になって知ったことですが、戦争中東京では空襲のとき、動物園の檻から動物たちが抜け出して人間に危害を加えるといけないという大義名分の元、かなりの動物たちが処分されたそうです。
その中にはエチオピア・ハイレセラシエ皇帝から寄贈された動物たちも含まれていたことを知りました。
   ああ!