【アフリカへ行きました】
 
37)ガイド・マコーリさん
 
ナイロビのウイルソン空港から乗った小さな飛行機が、マサイ・マラの小さなキチュワ・テンボ空港(?)へ着いたとき、ムパタ・サファリ・クラブと書いた車から降りてきた人が私たちに近づいてきました。
飛行機から降りたのは私たちだけ、迎えの車も1台しか止まっていなかったのですから間違えようもありません。
 
    『タムラサンデスカ。ワタシハ ムパタカラ ムカエニキタ マコーリ デス』
 
ロッジのお仕着せと思われるベージュと灰紫色の上下を着た現地の方が声を掛けて、手を差し出しました。
 
確認し合うと、荷物をてきぱきと車に積み、私たちが乗り込むと直ちに出発しました。
空港(?)からロッジへ向かう約30分の道のりも無駄なことは何一つ言わず、言葉少ない人でした。 
それでも道すがら何か動物が見えると、その都度ちょっと徐行して名前を教えてくれました。
こちらへ来て、マコーリさんと言う「ヒト」以外に初めて出会った動物は、脚の細長いダチョウたちでした。

日本から飛行機を乗り継いで、やっとの思いで辿り着いたマサイ・マラでした、疲れていたので控えめな彼の無口が有難かったのです。
 
そして、ロッジの入り口に到着して、私たちと荷物を下ろすとちょっと会釈して、奥へ引き上げていきました。
後ろ姿を見送りながら、彼は多分ロッジ専属の運転手さんだと勝手に思い込んでいました。
翌朝ゲームドライブに出かけるために、ダイニングルームでモーニングコーヒーを頂いてからロッジのエントランスに行ってみると、5,6台のランドクルーザーが止まっていました。
その傍らには、前日マコーリさんが来ていたのと同じ上下を来た男の人が数人立っていて、
コーヒーを飲み終えて集まってきた客を次々に車へと誘導していました。
その中の一人が私たちに近づいてくると、
    『グッド・モーニング、タムラサン。クルマハコチラデス、ドウゾ』
 
今いくら思い出そうとしても、その言葉が日本語だったのか英語だったのか思い出せないのですが、声を掛けてくれたのは昨日私たちを出迎えてくれたマコーリさんでした。
彼は日本語があまり得意ではないらしく、以後の会話はほとんど英語でした(ケニアの公用語です)。
 
ゲームドライブに行く車には、ドライバーさんとガイドさんの2人が乗り込む場合と、ドライバー兼ガイドさんが一人乗る場合があるようでした。
私たちの車はマコーリさんだけで、彼は単なるドライバーではなくガイドさんでもあったのです。
そして、滞在期間中はずっと私たちのドライバー兼ガイドを務めてくれました。
毎日6時間前後、つまり一日の四分の一は彼と一緒に過ごしたのです。
いま考えると、本当に長い間お世話になりました。
 
    アフリカやモンゴルなどの広々とした草原で暮らす人々は非常に視力が良いとかねがね聞いていました。
     それにもかかわらず、彼も遠くの動物を探すときは双眼鏡を使っていました。
     草深い原やブッシュの間に潜んでいる動物を見つけるには、やはり双眼鏡が便利なのでしょう。
 
日本人的感覚で推測すると、年齢は30歳代後半から40歳初め、身長175センチくらいのがっちりした体格の人でした。
顔の輪郭は四角に近く、夕食の席でマサイのダンスや歌を披露してくれたお兄さん達の細面とは少し違うようでした。
顔つきはどちらかというと・・・そうです、ちょっと日本の「古武士」を思わせるような渋い感じがしました。
ちょっと車を止めて動物を探すときの、ガイドというプロ意識を滲ませた真剣な眼差しが、一層その感じを強調していました。
時々こぼれるように見せる、はにかんだ笑顔では、真っ白な上の前歯の間に少し隙間が出来るのが見えました。
それは、いかにも古武士といういかめしい顔つきをぐっと和らげ、親しさをも感じさせてくれました。
 
彼はとても無口で、こちらが何か質問でもしない限り、あれやこれやの無駄話をする人ではありませんでした。
それに加えて、「彼は日本語が、私は英語が今ひとつ上手でない」、「私はスワヒリ語がまったく分からない」から余計にそうなったのでしょう。
でも、質問にはきちっとした返事をしてくれ、知識も豊富で、動物を探し当てる勘も大したものでした。
今思い返してみても、「大当たり」のガイドさんだったと思っています。
私たちが観察することの出来た動物の種類を数え上げてみても、とても優秀なガイドさんであることの証明になると思います。
 
サファリの時にいつも乗るランドクルーザーは、ステップが高く、身長155センチの私にとってはちょっとしたハードルでした。
マコーリさんはサファリが終わってロッジへ戻ると、まず自分が降りてから車のドアを開けてくれます。
そして必ず口にした台詞が
   『ママサン、ポレポレ。ママサン、ポレポレ』
でした。
「ポレポレ」はスワヒリ語で「ゆっくり」という意味だそうです。
「ポレポレ」は耳に心地よく、まるで音楽か、おまじないのように聞こえました。
 
そのように声は掛けてもらいましたが、一度も手をかして貰ったことはありませんでした。
    ・ガイドさんがケニアの人ではなく、日本人とか西洋人だったら手をかしてくれたかしら?
    ・ケニアでは他の民族には触れない、あるいは家族以外の婦人には触れないのかしら?
    ・イギリスの植民地時代からの習慣かしら?
     
と言う幾通りもの考えが頭をよぎりました。
要するに文化の違いかも知れません。
一人で降りることは充分可能なのですが、私の心のどこかに甘えの気持ちがあったためかもしれません。
 
ケニアに住んでいる同じ動物でも種類が変われば、暮らしぶりや食べ物などに相違があるのに違いありません。
例えば、「マサイキリンとアミメキリン」、「シロサイとクロサイ」、「オグロヌーとオジロヌー」はどうでしょうか。
動物たちも、きっとそれぞれの文化のようなものがあると面白いと思います。
『比較生物学』とか『比較動物学』とでも言うような本があれば興味深いかも知れないと考えているところです。