誰かブーツを履かせて

 

 今シーズンは10年ぶりにスキーに行くことにした。30年あまり前にスキーを始め

てから、殆ど毎年何日かはスキーに出かけていた。滑ると言うより雪と遊ぶという

表現のほうが的確だが私にできる唯一のスポーツということもあり続けてきた。

この10年、私だけは家庭の事情で休んでいたが久しぶりに行けるので冬の

到来を待ちかねていた。しかしこの年で10年のブランクはちょっと大き過ぎる、

無謀かも知れないと少し悩んだ。でも、家族は一緒にまた滑りたいという気持ちの

方が勝った。以前に使っていた道具類は手入れもしないで物置に仕舞いっぱなし

だったので新調することにした。

  以前のスキーブーツは浅い目の超軽量品で履いていて楽だったが最近の

ものはやたらとバックルが多く、深くなっていた。しかも、足にぴったりフィット

させなくては危ないからと言われ選び始めた。何足試してみても甲高で幅広の

私の足はどれも足背でつかえてしまって履けない。「これはどうかな」と最後に

試してみたのが鮮やかな黄色のブーツ。「えい、やあ」 と片足毎に全体重を

かけてふんばり、夫に足をねじ込んで貰って何とか履けた。ちょっと派手だけ

れど履ける靴が見つかってやれやれ。これでしばらくぶりの家族スキーに

私も参加できると安堵の溜息と汗がでた。

  10年ぶりの志賀高原焼額山スキー場は全てが白く輝いていた、久々の雪。

クリスマス寒波、年末寒波のおかげで雪質は最高だという。荷ほどきをして休憩

して、さあスキーだ。だがその前にあの難関のスキーブーツを履く仕事が残って

いた。残念ながらやはり、夫に手伝ってもらわなければ履けなかった。ゲレンデへ

出て板をつけてみた。固定された足首の角度もブーツの深さも気にならないほど

ぴったりフィットしていた。おそるおそる滑る10年ぶりのへっぴり腰スキーも「アス

ピリンのよう」 と表現される上質のパウダースノーのおかげで、1度転倒しただ

けでなんとか怪我もなくその日の午後を楽しんだ。気持ちよい疲労感を味わい

ながらロッカールームへ戻った。ブーツを脱ぐ方は一人で出来た。

  翌日はちらちらと雪模様だったがスキーのカンを取り戻したくてまた出動した。

今日は人の手を借りないでなんとか一人で履けた、ばんざい。ゲレンデへの出口

に向かい始めたとき、後ろの方で押し殺したような女の人の声が聞こえた。昨日、

私が口にしたのと同じせりふだ。『どうしてもブーツが履けないわ、誰か手伝って!』

  失礼と思いながら振り返ってしまった。声の主は私よりはるかに若い人が

ブーツと格闘していた。出口へ向かっていたご主人と息子さんがすぐに引き返して

きて手を貸していた。やれやれ履けてよかった。最近のブーツがあまりにもぴった

り作られているためか、足の形によるのか解らないが、一人でブーツが履けない

のは私だけじゃないと思うと何故か急に笑いがこみ上げてきた。