ご趣味は?

 初対面あるいはつき合い始めて間もない方との会話ではよく
『ご趣味は何ですか』という言葉を交わす。プライバシーに
立ち入っているとはいうものの、当り障りの無い会話の糸口と
考えられているからだろう。ちょっとしたアンケートなどにも
【趣味】の項目があるし、自己紹介でも『えー、私の趣味は・・』
とふれる人もよく見かける。

 「音楽鑑賞」、「読書」、「ケーキ作り」など当り障りのないものを
挙げる人が殆どだが「爬虫類飼育」と、女性なら眉を顰めそうな趣味の
持ち主も知人のなかにいる。でも「読書」だけでは余りにもありふれて
いるので、但し書きを付けることにした、『ジャンルは海外推理小説お
よび海外冒険小説』と。この傾向は高校生の頃に始まった。日本の推理
小説に偏見を持っているわけではないが、繰り広げられる−こま−こまが
自身の生活に密着しているようで妙に生なましく感じられるのが嫌だから
だ。日本の作品では銭形平次、むっつり右衛門など現在の日常生活から
離れた捕物帖が好きだ。海外で暮らしたことがないから、登場人物や犯罪
現場がこと細かく描写されていてもヴェールを通して見ているような気が
する。だから路上に血が流れようが、拳銃で「バン、バーン」も大丈夫。
犯人を追う警官や探偵と供に地図の上で世界を股に掛ける子ともしばしば。
私の趣味は筋金入の「読書」だと自負していた。

 ところが先日、患者さんに『先生の趣味でお医者さんをやっているので
しょ』と言われて驚いた。そのような言葉を口にされた真意が分らないので
何とも言えないが、もしかすると楽しそうな顔をして診察し、うきうきしな
がらカルテを書いていたのかもしれないとどきっとした。患者さんに
「おかげさまで良くなりました」と言われると、この上なく嬉しく、医師と
いう職業を選んで良かったと思う。少しでも他の人の役に立っていると
思うと満足感が得られ、たとえ忙しくても充実した日々を過ごすことができる、
素晴らしい職業だと思っている。

 『仕事イコール趣味』という方もいらっしゃれば『趣味が仕事になって
しまった』場合もあるかもしれない。でも私は、医師という仕事はあくまでも
神聖な職業であり、趣味はあくまでも趣味で気分転換の道具の一つ、お楽しみ
の一つにとどまるものだと信じている。