家の庭から鳩が巣立った、らしい


  9月のある日曜日の昼過ぎ、いきなり庭が
騒々しくなった。「ギャア、ギャア」と、まるで死ぬ
思いでもしているかのような鳥の鳴き声である。
家の庭にはよく尾長鳥や雀が来るのでまたそれ
らが喧嘩でもしているのだろうと思っていたが、
何時に無く執拗に鳴いている。カーテン越しに覗
いてみると、フェンスの上に2羽の小ぶりの鳩
が互いに相手の上にのぼったり、ずり落ちそうに
なったりして鳴き叫んでいるのだった。仲良く並
んでとまれば良いのに、どうして互いに踏み付け
ようとするのだろうと不思議だった。        

 下敷きになった鳩は今にも逆さまに地面に落ち
そうで余計に鳴きわめいている。そうこうしている
内にひと回り大きな鳩が飛んできてすぐ横にと
まった。2羽の鳩の動きを見守っているかのようだ。
「上を下への大騒ぎ」がひとしきり続いたと思ったら、
突然大きな方の鳩が向かいの屋根へ飛んでゆき、
まるで呼び掛けるかのように「クークルー」とくり
返し鳴いた。暴れていた2羽の鳩はそれを聞いて
急に静かになった。そして、フェンスに掴まりながら
羽をバタバタさせていたかと思ったら相前後して
2羽とも呼び掛けた鳩への方へ飛んでいった。

  「あれ、もしかしたら巣立ちかも知れないな」と
一緒に見ていた夫が言った。小振りの2羽の鳩は
兄弟(姉妹?)、大きな方は親鳩だったのか、それ
なら解る。巣を飛び出してフェンスまでなんとか辿
り着いたものの、恐ろしくて2羽が互いにしがみつ
いていたのだろうか。親鳩がもう一度お手本にと
向かいの屋根まで飛んでみせ、2羽はそれに習って
成功したのだ。                     

  そう言えば、8月の末頃、門の横にある泰山木の
下にはよく鶏の糞が落ちていたこと、掃除していた
ら2週連続して小さな卵の殻が転がっているのに
気付いたことがあった。鶏卵より遙かに小さい灰色
の殻だったが、気にも留めずに掃き捨ててしまった。
もしかするとそれが彼等の殻だったのだろうか。

  皮膚科では発疹の大きさを身近なものの大きさに
例える習慣がある。炎症性の病変は色、形、大きさ
が変わる可能性がおるので計測の意味が無いから
と教えられた。豆(小豆、豌豆など)、指の先(拇指頭
大、小指頭大など)、卵(鶏卵大、鳩卵大など)、手の
ひらなどの大きさが例えられた。今、思い返してみる
と、8月のあの日、ゴミとして掃き捨てた卵はまさに
イメージしていた《鳩卵大》だった。         

  今、泰山木はまだ葉が生い茂っているので果た
して本当に鳩が巣を作っていたのか、下から見
上げても全く見えない。秋が深まり葉が落ちはじめ
たら確認しよう。庭ではまた「クーククルー」と鳩の
鳴き声がしている。あの日巣立った若い鳩の鳴き
声がしている。あの日巣立った若い鳩なのか知る
すべは無いが、みんな元気でいてほしいと願って
いる。