いなはのもいな
 
 
 

   現在、70歳になる夫の姉から聞いた話である。姉がまだ女学校(当時は現在の

学制とは違って中学・高校を合わせた形の5年制であった)に通っていた頃、電車を

降りてから学校へ行くまでの通学路に文房具やさんがあって姉を始めとしてみんなで

よく利用していたそうだ。そこの看板の脇に『いなはのもいな』と平仮名で書かれてい

て、姉は毎日通学の往復にそれを目にしていたが一向に意味が分からないままに過

ごしてきたという。とうとうまもなく卒業式と言う時期になって、あの意味が分からない

まま卒業してしまうのは悔しいと思い、恥を忍んで友達に聞いてみた。姉「ねえ、あの

看板に書いてある『いなはのもいな』て何のこと?」。友人「あらいやだ、『ないものは

ない』ってかいてあるじゃないの、なんだと思っていたの」。まさに顔から火が出るとは

このことだと感じたそうだ。なんと言うことはない、5年間にわたって右横書きの看板を

逆方向から読んでいただけだったのだ。5年間というもの一度も反対方向から読んで

みようとしなかったと言うから念が入っている。                       
 

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   人はこうだと思いこむと思考が直線的に進行してしまってなかなか柔軟に考えら

れなくなるものなのだろう。私自身もまさにその通りで、義姉に勝るとも劣らない立派

な失敗談がある。昨年冬のある日曜日。いつも買い物にいく近くのスーパーの折り込

み広告に『きりたんぽ○○円』と書いてあるのを見つけた。『きりたんぽ』とはご飯をち

くわ状に竹に張り付けて焼いたもので鍋料理に入れる秋田名物である。我が家でも好

物でときどき食べていた。広告の値段はいつもより断然安い、今夜はこれに決めたと

ばかりに買いに出かけた。ところが店内をいくら探しても見つからない、仕方がないの

で店員さんに「広告に出ていた『きりたんぽ』はどこにあるのですか?」と尋ねた。「それ

ならこちらですよ」と店内を先に立って案内してくれた。無言でついていくのも愛想がな

いと思い「きりたんぽはお鍋に入れると美味しいですね」と話ながらついていった。案内

された売場には使い捨てのカイロが山と積まれていた。私のめざす『きりたんぽ』はな

い。「あら!」と言うと、案内してくれた店員さんはおもむろに「今日の広告に出ていたの

は『キリンボ』です、使い捨てのカイロです」と説明してくれた。なんと言うことはない、

広告の【タ】の字に濁点がついているのを見落としていたのだった。恥ずかしくて赤くな

りながら「お手数かけました」と小さい声で謝った。店員さん、きっと心の中で腹を抱え

て笑い転げていたことだろう。                                         
 

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