【値札】

 『ねえねえ、多繪子さん。ちょっとうちの人の草履をみてちょうだいよ』と夫の姉。
法事の後、料理屋でお座敷に上がる時のことである。
義姉はお寺さんへ嫁いでいるので当然ご主人はお坊さんである。
だから、公式の場では僧衣、履き物は草履と決まっている。
足下を覗いてみると、真新しい畳表の草履で、鼻緒はまるで
オストリッチのようにイボイボが付いている。
 『あら、お草履を新調なさったのですか。素敵ですよ。
凄いわ、とても高価そう。お高かったのでしょうね』
というと、義姉は
 『確かに草履は素晴らしいの。でも、ちょっと横側を見てごらんなさいな』
といかにも意味ありげに、ウインクしそうな目付きで言葉をつなぐ。
所詮、草履は草履だ。横から見るとなにか特別の趣向でもあるのかしら。
ちょっと納得がいかなかったが、義姉が催促顔で待っているので頭を傾けて目を凝らす。
あらまあ、なんということ、値札が付いたままだ。
 『まあ。9800円ですか? お値段より高価そうに見えるわ。随分お買い得品だったのですね』
 『いやだ、多繪子さん。ちゃんと目を開けてよく見て頂戴よ。ほらほら』
と言いながら、義姉は夫の草履をさっさと脱がせて私の目の前に掲げた。
なんと、草履には値札が付いたままだった。言われたとおりに目を凝らして見直す。
「一、十、百,千・・・・・」 値札には98000円と記載されていた。
まさかゼロが3個並んでいたとは。
とすると、オストリッチのようにイボイボがつけてあったのでは無くて、
本物のオストリッチだということになる。
高級品に縁のない私はオストリッチ風の物だと思い込んでいたのだ、ちょっと情けない。

 集まった義弟や義妹たちの家族一同が座敷に上がり、お食事が用意されるまで、
先程の草履に話題が集中した。
 義弟『高いものを買っても、みんなが信用しないといけないからわざと値札を
    付けっぱなしにしておいたのだろう』
 義妹1『それにしてもお姉ちゃん、良くあんな高級品を買ってあげたわね』
 義妹2『お義兄さん。そんな高級品を履いたら足が腫れるかも知れないわよ』
 
 皆の勝手な会話をにやにやしながら聞いていた義兄である和尚さんはまるで
 終止符を打つかのように
 『実はあの草履、ある人からの頂き物なんだ! 箱を開けたら値札が付いたままだった。
 折角だからそのまま履いてきたというわけ』

 その後の私たちの会話は勿論贈り主が値札の処理をどのように考えたかに
関する推測となった。
当然、値札を【はずすのを忘れた派】と 【わざとつけたまま派】に分かれての
討論会へと発展した。私としては、とても高価な草履をプレゼントするのだから
その価値をわかって貰うために【わざとつけたまま派】として討論に加わった。
 『その方はもしかするとお義兄さんにはその草履の価値がわからないかも
知れないとお考えになったのかも知れませんよ』というと、義兄は平然と皆の前へ
足を出して
 『私の足を見てご覧なさい。もともと、このように高価な草履を履くに
ふさわしい人間だから、ほらごらんの通り足は少しも腫れていませんよ』
と言った。義弟たちは声を揃えて
 『まったく、義兄さんはよく言うよ!』
 
 皆さんは【どちら派】でしょうか?