今では毎日塗り絵です


 高校のクラス会開催の通知が来た。今年は高校を卒業して50年目に当たり

記念すべきクラス会、それぞれ洗練された素敵な(?)老婦人振りを競い合いましょう

と書いてあった。卒後50年ですって、信じられない、まだまだ若いつもりだった。

元クラスメートは専業主婦が多く、クラス会はいつもウイークデイの昼間に行われる。

いきおい仕事持ちは出席率が悪く、私はこの50年で2回しか出席していない。

だが今回は、土曜、日曜と並んで私の休日である木曜日の開催となり、

やっと参加できるのだ。


 前夜よりそわそわ落ち着かなかった。嬉しさと、40年ぶりにお会いする昔のクラスメートの

顔が分るかどうか不安とがいりまじって胸のつかえとなっている。会場は某ホテルの

フレンチバイキングだったが、結局定刻より30分以上も早く会場付近へ到着してしまった。

あまりにも早すぎたと思いながら会場階ロビーへ向った。エレベーターをおりると同年輩の

老婦人が14,5名かたまりになって手を振っているのが見えた。心配することは無かった。

親しくつきあい、事あるたびに一緒に泣いたり笑ったりした10歳台の6年間

(一学年一学級だった)の歳月、忘れようにも忘れられないお互いの顔だった。そう、

誰もがあの頃の面影を残していた。新しい名前は解らなくても昔の名前は直ぐに思い出せるものだ。


 おしゃべりも忙しいが、美味しいものもしっかり食べたいという老人パワーの方も凄まじくて、

お互いに「洗練された素敵な老婦人振り」を競い合うどころではなかった。気持ちはみんな

あの頃に逆戻りしている。ありこちで「あの頃は・・・」とか「近頃は・・・」の声が聞こえてくる。

Sさんが「多繪子さん、いまでも繪をお描きになっているの」と尋ねられた。そう言えば高校の頃、

私達仲良し数人で【美術部】と言う名のグループを作って放課後によく繪を描いたものだった。

「あら、繪を描くことなんか忘れていた。全く描いていないのよ。そう言えば写生をしたり図案を

考えたりしたわね。あなたはどう?」

 彼女も鑑賞だけで自分では描いていないと言う。私ははっと思い付いて言った。「そうそう、

忘れていたけど私最近は塗り絵ばかりやっているのよ。」「塗り絵ってなに?」


 「種明かしをするとこうなのよ聞いて。私は皮膚科医でしょう。初診の患者さんを診ると必ず

カルテに文章と図でその日の発疹の状態を記載するのよ。診察用のデスクの上には顔とか

手とか体中角部位の印が揃っているの。ニキビの患者さんだったら顔の印をカルテに

ポンと押して赤鉛筆でニキビのぽちぽちを書き込んでいくわけ。再診の患者さんでも状態が

変わったりした時はまたポンと押して色鉛筆で書き込むという次第。つまり繪を描くことは

無いけど、毎日毎日塗り絵に明け暮れているの」と答え、皆はあっけに取られていた。