〈〈年寄りは詐欺に引っ掛かりやすい?〉〉
 
 その日は比較的早い時間に帰宅できたので、近くの八百屋さんへ行こうと考えた矢先に
玄関のドアチャイムが鳴った。まあお客様だわ、お使いに出てしまう前で良かった、と玄関を
あけると、門のそばに作業服姿の男の人が一人立っていた。
 『何かご用でしょうか?』 と尋ねると、
 『この地域へ工事にきているので近所のお宅の総排水溝の点検をしておこうと思って
来ました』
 『まあ、私の家ではそのようなお願いをしていませんのよ。前橋市の委託でなさっているの
ですか?』
 『いいえ、市とは関係ありません、お宅の裏にあるマンホールを開けてちょっと見るだけ
ですから時間はかかりません』
初対面なのに会社名も自分の名前も名乗らない。何かおかしい、たしか今この地域では
どこも工事はやっていないはずだ。それに何の道具も持っていないし、書類もっていない、
やはり断るべきだと考えた。
 『もしお願いするのなら夫と相談してからにしたいと思いますます、今日の所はとりあえず
お引き取り下さい』
というと、何も言わずにお隣へ向かった。こう言う時、女は便利だ。いかにも昔風の貞淑な
妻を装って、夫をダシに使って追い返してしまった。お隣ではどうなさったかと、こっそり覗いて
みたら男の人はすぐに出てきたからきっと断られたに違いない。一応作業服の胸には何処かの
会社のロゴマークが付いていたが全く名乗りもしないのでついつい疑ってしまった。


 そんな事があった翌朝、新聞で書籍の広告欄を見ていたらタイミング良く【60歳からの
防犯手帳】という本が出版されているのに気づいた。詐欺などの被害者に老人が多いと
いうことか。何かと不景気な世の中だから老人のような弱者は狙われるのだろう。
「老人は無知」、「老人はお人好し」、「老人は涙もろい」、「老人は身内の事となると頭に
血が上って冷静さを失う」、「老人は人の言いなりになりやすい」などの傾向があるのでそれを
逆手にとられてしまうのだろう。だからこそ、その警鐘としてこの本が世に出たのだ。私だって
老人の一人、よくよく気を付けなくてはいけない。


 老人を標的とした詐欺事件で、最近もっとも有名になったのが例の〈おれおれ詐欺〉だろうか。
孫息子が交通事故を起こして示談金が必要という例のあれである。70歳、80歳のお年寄りが
いきなりの電話に動転してついつい払ってしまったというものだ。本当に孫息子かどうか確認手段など
幾つもあると思うのにと歯がゆい気持ちだ。50歳代の人でさえコロッと騙されて送金してしまうという
泣き落としの手口が何とも腹立たしい。さらに最近では「孫」、「事故の相手」、「警官」、「弁護士」と
4人の役者がドラマ仕立てで電話を掛けて来るという複雑な手法を取り入れるようになったとも聞く。
人々に警戒されるようになれば敵もそれだけ悪知恵を働かせ束になって掛かってくるのだから呆れて
しまう。それにしても被害者が後を絶たないということは、欺師達の芝居が余程うまくて真に迫って
いるのだろう。


 とは言え、我が家にこられた「作業服の方」、もしも本当の善意で総排水溝を点検に来て下さったの
だったなら、素気なくお断りしてしまってごめんなさい。疑われるといけないから、この次からはきちんと
名乗って来て下さい。