顔面に巨大な「こぶ」をもつ女に関して

   異本病草紙考−その20

      

高崎市医師会 服部 瑛

この絵図は、鼻部の巨大な腫瘤である(図1)。その臨床像から考えて、私は「有棘細胞癌」と診断した1)。しかしあくまでも推測でしかなかった。

 ある雑誌をめくっていたら、異本病草紙の絵図とほとんど同じ腫瘍に遭遇した。図2、3がその臨床像である。佐藤篤子先生(元茨城県立中央病院皮膚科、現自治医科大学皮膚科)が報告された症例である。症例の経過を現症をそのまま記載する2)

70歳女性。主訴:鼻尖部の腫瘤。

米粒大の紅色丘疹が2カ月前に鼻尖部に出現、疼痛を伴っていた。その後、丘疹は急速に拡大してきた。患者は、精査と加療の目的で当科に紹介された。

 初診時、病変は表面に血管拡張が認められる広基性の紅色腫瘤で、弾性がありやや硬かった。

皮膚所見:鼻背部にある、血管拡張を伴う径4p、高さ1.5cmの広基性の紅色腫瘤。弾性硬で、易出血性を認めた。

 この症例の診断は、まさしく「有棘細胞癌」だった。

 絵図のものは、もっと増大して浸出液が多くなった状態なのであろう。

 絵図では、醜悪になった顔面を隠すためと、相当に強いであろう異臭を防ぐために、正面に顔を隠す道具「面帽」が置かれている。和紙で作られた“紙棒”らしきものを持った女性は、浸出液を時々拭ってやっているのだと、私は考えた。

 平安時代の昔にこうした腫瘍があっても不思議ではないが、ほぼ同じ症例が現在でも存在することを知ってびっくりした。およそ800年前も、人間は同じような疾患に悩まされていたことがよくわかる。当然それ以前にも同じ疾患が存在したことは言うまでもない。

 手前に書物を読んでいる女性がいる。リラックスし、周囲を気にしていないことが感じられる。医学書ではないであろう。とすると、当時このような疾患は数多く存在していたのではないだろうか。決して差別することなく、日常的にこのような病人を受け入れていたように思われる。

 前回述べたように、当時の人たちは皮膚病変を含めて病人を見ることは当たり前のことだったに違いない。流行を繰り返す「麻疹」や「痘瘡」は代表的な皮膚疾患だった。それ以外にも沢山の皮膚病変を見ていたはずである。

 当時も、珍しい皮膚病と日常的な皮膚疾患は混在いていたであろう。もし絵巻物に描くとするなら、常識的には希有な病変を残そうとするはずである。残念ながら内科的疾患の多くは描くことが難しい。そう考えると、異本病草紙は皮膚科医が積極的に解読・検証しなければならない貴重な資料と思われる。

文献

1)    服部 瑛:群馬県医師会報,61735.1999

2)    佐藤篤子:日経メディカル,42259.2003