「異本病草紙」考−その3

      高崎市医師会  服部 瑛
      国立京都病院  荻野篤彦

6)痩せこけた病人(図6)



 衰弱した男が描かれている。痩せこけて、
肋骨も顕著に分かり、るいそう状態と思われ
る。癌や肺結核などの慢性疾患を患っている
のであろうか。一人の女が僅かな食事を持っ
ているが、その程度の食事しか食べれない状
態に衰弱していると思われる。当時、刀は頭
前に置かれた。他の絵巻物などでは、烏帽子
はかぶったまま寝ている様子が多く描かれて
おり、烏帽子を頭前に置いているのは、長患
いによるなどの相当に苦しい状態を示すもの
なのであろう。
 一人の女が飯櫃を枕にしてうたた寝をして
いるが、看病に疲れた様子ともとれる。


7)腹部が異様に膨満した女(図7)



 年老いた女の腹部は異様に膨満し、腹水が
貯留しているようである。肝硬変あるいは腹
膜炎であろうか。当時、腹水が貯留すること
を「腹ふくる」といった。二箇所から腹水ら
しき液体が耳盥(みみだらい)に排出されて
いる。若い女達が看病しており、ひとりは泣
き崩れている。髪が長く正装した従者が沢山
おり、脇息(きょうそく)などのまわりの装
具から、病人は相当に高貴な女であることが
分かる。


8)排尿する女(図8)



 尿を失禁しているともとれるが、流れてい
る尿量が多いので、単に排尿しているのかも
しれない。尿線の下のものは尿を吸い取らせ
る布のようなものであろうか。
 当時、上流社会では大小便は清筥(しのは
こ)や虎子(おおつぼ)などをもちいて用を
済ませていたので、絵の女が布を摘み上げて
いる箱は清筥ではないかと思われる。
 しかし、通常は排尿を清筥に直接していた
ので、この女は体を動かすことが難儀な状態
なのかもしれない。
 錦小路家写本では、この絵図のように陰部
が克明に描かれているものが多いが、これも
この絵巻物の大きな特徴の一つである。


9)子供を行水させている女達と老婆(図9)



 女達と子供が集団で行水をしている様子が
描かれている。板塀の隙間から男達が嬉しそ
うに覗き見をしている様子は滑稽であるが、
古今東西このような絵はよく見られる。当時
、行水は健康管理に重要であったのであろう
。恐らく、市井の庶民のごく当たり前の日常
生活が描かれているものと思われる。
 老婆の股間にぶら下がっているか、あるい
は右手で持っているもの(どちらかよく分か
らないが)は鈴のようにも見えるが、定かで
ない。



10)病気の男の腹部を揉む女(図10)



 女がマッサ−ジするように腹部の皮膚を摘
み上げている。女は恐らく女房であろう。病
人の男は苦悶の表情をしている。強い腹痛で
もあるのであろうか。女房はその腹部をさす
ったり、摘み上げてなんとかしようとしてい
るのであろう。
 当時、腹が痛むことを疝癪といい、いつも
腹痛を訴える人を癪持ちといったという。