「異本病草紙」考−その6

      高崎市医師会  服部 瑛
      国立京都病院  荻野篤彦

 前回、私にとっては全く意味不明な図18
−20に関して、荻野篤彦先生は次のような
大胆な発想をされた(それらの絵図は前号を
参照されたい)。


18)裸の男とその上に隠れた女(図18)



 天蓋と垂れ布ですっぽりと身を隠しながら
、裸の男の上で遊ぶ女がいるように見てとれ
る図である。当時の貴族階級の性風俗がとて
も大胆に描写されている。隠れているのが遊
女であることも考えられる。
 天蓋を支える棒を持つ男は冠帽を被り唐服
をまとい唐人の風情である。この図は大陸の
絵図を模写したものかもしれない。このあと
の図19、20も中国の絵図の影響が残って
いるので、この3図は同一の光景の絵図の可
能性がある。



19)遊女と戯れる男(図19)



 遊廓のようなところで遊女(白拍子)と戯
れる裸の男が描かれている。男性の風体や女
性の髪形には中国の影響がうかがわれる。中
国の絵図の写しであろうか。


20)大きな石を運ぶ雲上の男(図20)



 雲に乗った二人の男たちがかかえる黒い物
体は大きな石であろうか。享楽に耽けるもの
たちを懲らしめるために天上から落とすため
に運んでいるようにもみえる。

 図18−20は一連の絵図で、大陸の影響
を強く受けている。



21)発疹症にかかった男(図21)



 発疹が体一面に生じた若い男が袖のある夜
衾をかけられて臥せっている。痘瘡のように
も思われるが、当時痘瘡にかかると隔離され
たことが知られており、介護者の様子からも
痘瘡とは考えにくい。病人は子供のようにも
見えるが、髷があるので大人である。とりあ
えず、中毒疹としたい。中毒疹は、ウィルス
などいろいろな原因で生じうる。隣の女は看
病しているのであろう。病人は全身の発疹の
他に、顔面は浮腫性である。



22)病気で臥せている女(図22)



 老女は孫を見ながら鍋に火をかけて食事の
準備をしており、そばで男は腹をすかして食
事を待っている様子である。子供も食事をね
だっている光景に見える。病人と思われる女
房らしき女が寝ている。女は高熱などで動け
ないか、あるいは腹部が大きいことから、出
産前なのかもしれない。食事を作るために火
を起こしているから、部屋の中は相当に暑い
状態と思われる。あるいは、暑い夏の日であ
ったかもしれない。男はほぼ裸に近い状態で
あるし、子供も裸である。



23)重症水痘にかかった女と看病する家人(図23)



 採暖中の部屋の中で、全身に発疹を生じ、
鉢巻きをした女が介護を受けている様子を描
いたものであろう。
一見痘瘡に罹った女とも思われる。痘瘡は当
時「もかさ」と呼ばれていた。生死に関わる
重症な伝染病であり、隔離することが普通だ
ったので、この絵のように家人が看病すると
は考えられない。むしろ痘瘡の場合には、病
人の側に祈祷師が描かれることが多い。また
痘瘡の場合、顔面・四肢の遠位部に発疹が生
じやすいので、この絵図のように顔面を避け
て発疹が生じている場合には成人水痘が最も
考えやすいように思われる。
 持たれた椀の中身は治療薬であろうか。今
まさに飲ませようとしているように見える。
病人は鉢巻きをしており、熱を下げるためと
思われる。家人は熱心に看病している。この
絵巻物ではよく見られるが、火をおこし、部
屋を暖めている。