「異本病草紙」考−その9

      高崎市医師会  服部 瑛
      国立京都病院  荻野篤彦

33)陰門部を棒でついている女(図33)



 ほぼ全裸の痩せこけた老女が、自らの陰部
に棒を突き刺している。老女がなぜ陰部を棒
で突くかは理解しがたいが、下腹部が膨満し
ていることから排尿困難になり棒状のものを
挿入して、排尿しようとしているのであろう
か。
 一方、「古事記」や古い文書には女陰を突
いて死ぬという記載がみられる。老女の手前
には獣骨が散らばっているが、この場所は死
体などが放置された町外れや川原などが考え
られる。あるいは「姥捨山」のような場所か
もしれない。
 家族に捨てられた老女が、女陰を突いて死
のうとしているとも考えられる。



34)陰嚢が腫大した男(図34)



 前をはだけた下帯のない男の陰嚢は、みご
とに腫れ上がっている。太った上半身に比し
て、下肢は痩せている。傍らの男女は、それ
を見て笑いながら話題にしているようである

 腫大した陰嚢はいわゆる陰嚢水腫と思われ
る。場合によっては、ヘルニアかもしれない


35)陰部を切断してみせようとしている男
(図35)



 陰茎を左手で握り、それを根本から刀子で
掻き切ろうとしている法体の男と、それをお
しとどめようとする僧や女たちが描かれてい
る。なぜ陰茎を切ろうとしているかは分から
ない。賭け事(囲碁)に負けて、その腹いせ
に大事なものを切ってみせると意気込んでい
るのであろうか。すぐ近くに碁盤が見られる
ことと、そばで笑っている男と押しとどめる
僧侶などが描かれていることから推定した。
当時の囲碁は、残されている「闘碁図」など
で見られるように、場合によってはかなり戦
闘的なものであったと考えられる。
 関戸家本「病草紙」には陰毛を剃る「毛虱
の男」が見られるが、それとはあきらかに異
なっている内容である。


36)陰嚢が発赤し腫大した男(図36)



 陰嚢が爛れて腫れている初老の僧と、口を
覆う若い僧、扇子で風を送る男が描かれてい
る。手前には、枕、刀子をのせた椀などが見
られる。
 難解な絵図である。陰部白癬か、外陰部パ
ジェット病のような皮膚癌、あるいは陰嚢血
腫などが考えられる。炎症を起こして異臭を
放っているようである。男の前にはお椀の上
に刀子が置かれていることから、陰嚢部の感
染で膿が溜まり、それを刀子で切って排出し
ようとする図とも考えられる。

 以上で、錦小路家本「異本病草紙」36図
の医学的解釈を終える。これは、あくまでも
筆者らの個人的な見解である。多くの誤りが
あることを知りながらも、あえて掲載させて
いただいた。おそらく「異本病草紙」に関す
るこうした試みは最初のことであると思われ
る。また、いずれにしてもこの「異本病草紙
」は、きわめて貴重な資料でもある。
 次々回からは、錦小路家本「異本病草紙」
の他の模本との違いあるいは、制作・流布の
史的背景などについて考察してみたい。