「衛生環境」について

 第55回中部支部学術大会(会頭 竹原和彦金沢大教授)のシンポジウム「アトピー性皮膚炎をめぐる話題」の中で「病因へのアプローチ」と題して、塩原哲夫先生(杏林大)は印象に残る講演をされた。その中で「衛生環境」が免疫機構を変質させて、その結果アトピ−性皮膚炎などの病態が生じ得る可能性を示唆された。

 ようやく皮膚科医のなかにもそうした意見が出て、嬉しく拝聴した。このことに関しては藤田紘一郎先生(東京医科歯科大学寄生虫学教授)が書籍やマスコミなどを通じて、繰り返し述べておられるのでご存じの先生方も多いと思われる。

 藤田先生がご指摘のように、私たちが幼少の頃にはアトピ−性皮膚炎も、アレルギー性鼻炎も無かった。現在の未開発国でも同様である。過度の清潔を求める「衛生環境」は果たして正しいのだろうかと、以前から疑問に思っていた。

 私たちの小さい頃は、「うがい」や「手洗い」などはあまり励行されなかったし、「入浴」も毎日ではなかった。私たちよりも高齢の方々はさらに「衛生環境」からはほど遠かったが、現在希にみる長寿を享受している。

 翻って、現在の小学生は私たちの頃よりも感染症を起こしやすく、医師会で配られる資料から推察すると冬期の学級閉鎖の報告がますます多くなっているように思われる。学級閉鎖があったらいいな、といつも思っていた私には信じがたい事実である。

 小学校や保育所の先生、そして母親は、ことあるごとに「うがい」や「手洗い」の励行を疑問もなく子供たちに勧めている。「入浴」もその範疇に入る。

 塩原先生は、「AD患者にみられる自然免疫の低下は、幼児期の感染機会の減少が、自然免疫の発達を阻害した可能性を示唆している」と述べられ、核心をついたご意見だと思われる。畢竟、清潔に関してはもっといい加減に生活して“自然免疫”を獲得するべきではないだろうか。

 幼少の頃、空腹のなかでもぎとった茄子や柿などをズボンで磨いて食べた記憶が思い起こされる。様々な雑菌が入っていただろうが、その結果“自然免疫”が獲得されたはずである。藤田先生の寄生虫との共存もあながち間違ってはいないように思われる。

「入浴」もほどほどならよいが、清潔を求めると、必然的に乾燥性皮膚を生み出す。第21回日臨皮学会(群馬県高崎市,2005年6月1112日)では、塩原哲夫先生に、「皮脂欠乏性皮膚炎と乾燥性湿疹について」を検討してもらうべくお願いしているが、われわれ実地皮膚科医にはとても興味深い話題となるであろう。大学の先生にしっかりと検証・定義していただきたい重要な問題だからである。

 度を越した「衛生環境」が本当に正しいかどうか、エビデンスが必要になってきた。何事もほどほどがよいのであろう。


             (皮膚病診療12月号2004年掲載)