すばらしき先生たち
群馬県立歴史博物館に勤める後輩が、「病草子」(錦小路家写本)という平安時代の珍しい
絵巻物を入手したので、皮膚科的な部分を調べてほしいという要請があった。私は昔から歴史
が好きである。ただそれだけで、なんら知識もないにもかかわらず躊躇なくその作業を引き受け
た。とはいっても、その絵巻物だけではなんの手掛かりもないことにすぐに気付いた。
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そんなある日、ふと皮膚科の雑誌を見ていると、荻野篤彦先生(国立京都病院皮膚科)という方
の、医学史に造詣が深いと思われる論文に出会った。
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私は藁をも掴む思いで、向こう見ずながら荻野先生にその資料をお送りし、お教えを乞うた。
数日後、荻野先生から懇切丁寧なご返事と、さらに医学史に造詣の深い先生をご紹介して下さ
るお手紙を頂いた。その先生は大阪府豊中市で皮膚科医院を開業されている長門谷洋治先生
という方であった。こちらの資料をお送りしたところ、やはり丁寧なご返事と貴重な別の資料をお
送り頂いた。その後、荻野先生は友吉唯夫先生(滋賀医大・前泌尿器科教授、現豊郷病院院
長)のところまでわざわざ連絡をとられて、荻野先生自身の情報と、新たな友吉先生からの貴重
な情報を加えて私ごときに提供して下さった。
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これら一連の事柄は筆舌に尽くしがたい程に感動的なことであった。今、労を取って下さった
先生方に心から感謝しているところである。見ず知らずの一介の田舎医師に、温かい手を差し
伸べて下さる多くの大先輩がいらっしゃることをつくづく実感した次第である。
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そして、こうしたすばらしい先生とのお付き合いを、私は以前にも経験させて頂いたことを思
い出している。
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もう七年程前のことになるが、私は全身に紅色丘疹が見られた珍しい皮膚疾患を診る機会
があった。その臨床、病理組織像から皮膚サルコイドの特殊なタイプであると思った。しかしなが
ら、未熟な開業医ではなかなかその診断を断言できることでもなさそうである。思い切って、皮膚
サルコイドでも大家でいらっしゃる福代良一先生(金沢大学名誉教授・埼玉医大客員教授)にそ
の資料を全く突然に、不躾にもお送りし、お教えを乞うた。
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数日後、予想外に先生からご丁寧にも、詳細なご報告を頂いた。先生のしっかりと書かれた
達筆を拝見しながら、とても嬉しく、感激したことを今でも思い出す。
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嬉しさのあまり、私はその貴重な症例を原著に纏めて、失礼なことだとは思ったが今度はその
原稿を再度送らせて頂いた。まもなく、今度は真っ赤に朱の入った原稿が戻ってきた。
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福代先生にとっては、私という存在は見ず知らずの田舎医師であるはずであるが、その学問
に対するご姿勢は、誰に対しても変わることのない真摯なそして公平なものであることがしみじ
みと感じられた。真っ赤に朱の入った原稿を、私は一字一句確認し、感激しながら書き直し投稿
させて頂いた。
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先生の文字は、紙面にしっかりと書かれる、やや独特な達筆であるが、その文字から伝わる
いきづかいが身近に感じられ、先生の人格のすばらしさを体感するのに十分であった。
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私は、そんなお付き合いをして下さる先生に勝手にも尊敬の念とともに親近感を感じ、それ
以降、珍しいあるいは貴重な症例を見つけるたびに、その資料と稚拙な原稿を送らせて頂い
た。いつも数日後には、先生の独特な達筆である書面と真っ赤に朱の入った原稿が戻ってき
た。
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福代良一先生は、もう八十歳をこえられた大先達である。しかし年齢を感じさせない程きわめ
てご壮健で、こよなく日本酒を愛でられ、驚くべきことに今でもほとんどの皮膚科の学会にご出席
されているとお聞きしている。皮膚科において私などお付き合いできるはずのないご高名な先生
と思っていただけに、私にはこうしたご厚情がとても嬉しかった。
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ある学会の懇親会で福代先生に間近にお会いする機会があった。「おお、君が服部君か。」と
おっしゃりながら先生の差し出される日本酒を頂いたことがある。確かその時、先生は酪酊した
私よりも沢山の日本酒を飲まれていたはずである。その時、豪快な先生でいらっしゃるとつくづく
思った。
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ここ一年程お忙しい先生には申し訳ないと思ったこともあり、音信不通にしていた。しかしな
がらまた皮膚サルコイドと鑑別を要する疾患が見つかったので、厚かましくもその資料を送らせ
て頂いた。いつものようにご返事を頂いた。その中に、「お手紙を頂いておりましたが、多忙(本
の原稿書き)のため、遅くなって済みません。しかし、尊台の原稿は、これからもいつでもみてあ
げます(少し遅れるかもしれませんが)。どんどんお書き下さい。」という文面を見、私は嬉しさで
涙ぐみそうになりながらそのお手紙を読ませて頂いた。
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「恩師」という言葉を使うと不遜だと思うけれども、福代良一先生は私にとって最も尊敬する
先生のお一人である。
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今私は、福代先生、荻野先生をはじめとして多くのすばらしい先生方とお付き合いさせて頂
いている。
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そしてそのことは、私の生きる、そして医師としての糧にもなっているようである。すばらしい
先生方と、例え面識がなくともお付き合いできることは、人生のなかで最もすばらしいことの一つ
であると、つくづく感じているこの頃である。