厚底靴のママさん
「転んで子供さんに怪我させないように帰ってね」と看護婦さんが声をか
けると「はい!」と返事をして診察室を出ていった彼女の足元はいつものよ
うに10センチ以上もあるかと思われる底の厚い靴だった。確かにあの靴で
は転んだらひとたまりもない、親子とも怪我をするに決まっている。私も一緒
に「気をつけてね」と言った。振り返って子供の手をふりながら「ばいばーい」
と言いながらあの靴で上手に足どりも軽くドアから出ていった。
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ひと月ほど前から足の裏の疣で私の外来へ通院している彼女は20歳
スニーカーだったりサンダルだったりするが靴は決まって例の底の厚い靴
だ。確かに茶髪、ガングロ、厚底靴は数年前から若い人の間で爆発的な人
気のファッションであるが、私くらいの年齢になるとなぜあのようなファッ
ションが多くの若い人々に受け入れられているのか納得し難い。とにかく
あまり好意的な眼で見ることの出来ない姿である。ガングロは没個性的で
誰もが同じような顔に見えてしまうし、厚底靴は優雅に歩いている分には
問題ないが石ころ道を歩いたり、走ったりするには不都合このうえなく転
んで骨折する人も少なくないと聞く。しかし、まだまだ沢山の若い人が愛
用し、なんの屈託もなく2,3人で連れだってショッピングをしたり、街角
でおしゃべりを楽しんでいる姿をよく見かける。
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彼女が始めて外来へ来たときは一人だったので、そういう若い人たち
の一人だと思っていた。2度目、小さな男の子を抱いて入ってきた。勿論
厚底靴姿だった。「まあ、今日はベビーシッターをしているの」と聞くと、
「私の子供です、10カ月になるんですがまだ歩けないんです」と答えた。
「えー」と言ったきり看護婦さんも私も次ぎの言葉が出てこなかった。そう
いえば近頃では10歳代のカップルもそれほど珍しくないのだ。今10カ
月の子供さんが居るのならきっと19歳または以前に結婚したのだろう、
本当に若いママさんだ。最初に来た日はおばあちゃんに子供を頼んで
きたそうだ。治療中、子供を診察用のベッドにすわせておいたらマクラ
で遊び始めた。彼女はすかさず言った、「その枕はみんなが使うものな
のよ、おもちゃにしないでここにちゃんと置いて頂戴」。彼女のファッシ
ョンはまさに現代の若者だが心は立派な母親だった。親としての自覚を
持ち、子供のしつけにはファッションに抵抗を感じてしまうが、彼らの全
てが浮ついた生活をしているのはなく、中にはなかなかしっかりした人
も居るものだと嬉しくなった。厚底靴のママさん、がんばれ!
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