『失礼いたしました!』



  年末年始をスキー場で過ごした私は極めてご満悦だった。ただ一度、

とんでもない吹雪に遭い、止まってしまったリフトの上で寒い思いを

して、牛乳瓶に落ちたかと思うような視界の利かないゲレンデをへっぴり腰

で滑り降りるという事件があった以外、スキーブーツは一人で履けるように

なったし(前出、「誰かブーツを履かせて」、「新年おめでとうございます」

をお読みください)、素晴らしい粉雪にも恵まれ、上々の冬休みだった。


 長年同じホテルを利用しているので宿泊客の中にはシーズンだけ顔を

合わせて挨拶を交わす方々もいて互いに無事を確かめあいながら話しを

交わすこともある。また、ホテルも最近の傾向からすると比較的小さくて

アットホームな感じがして好ましく、従業員の中にも顔見知りが出来て

会話が弾むことも多く、ゲレンデ状況なども知ることができるという

メリットもある。

.... .... ....

 その日はちょうど2001年の大晦日、ダイニングルームは家族連れ、

友人同士の人々で何時にも増して賑わっていた。話しの内容までは聞き

取れないが、あちことで交わされる人々の話声が細波のようにあちこちの

テーブルから寄せてくる。勿論私たちもその日の出来事を振り返ったり、

例年に比べて雪質がよくて滑りやすいなどと他愛もないことを話しあい

ながら食事を楽しんでいた。


 突然、ガチャーン!と複数の皿の割れる音がダイニングルーム中に

響きわたった。食事中の人々ははっと息をのみ一瞬静まり返った。音の

する方を振り向くまでもなくウエーターの誰かがお皿を落としたに違い

ない。誰もが食べる手を休めていた。一呼吸置いて、『大変失礼いたし

ました!』という大きな声がダイニングルーム中に響きわたった。忙しく

立ち働いている最中に粗相をしてしまった若いウエーターの声だろうと

思った。その声をきっかけに人々は何もなかったかのように食事、会話を

再び続け始めた。


 その彼はお皿を落としたとたん穴があったら入りたい気分だったに

違いない。直ぐに大きな声で謝罪するのにはよほどの勇気が必要だった

だろう。彼に同情すると共に感心もした。同時にダイニングルームで

サービスする人々に対しての教育がきちんとされていること、それが

実際に実行されたことに感銘を覚えた。サービス業に携わるプロにでも

誤りを犯すことがある、ただその時にどのように正しく対応するかが

プロとしての心構えだと考える。今回の思わぬ出来事は彼のとっさの

謝罪の言葉で居合わせた人々は皆救われた思いがしたに違いないし、

決して不快感は抱かなかったと思う。


 厨房へ戻った彼はチーフから叱責を受けたかも知れないが私はエールを

贈りたい。

 「あなたはあの瞬間、プロのウエーターになったのよ、これからも

頑張ってね」